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最高裁判所第三小法廷 昭和26年(オ)782号 判決 1954年12月21日

主文

原判決を破棄し本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人植村久太郎の上告理由(後記)第一点について。

原判決はその理由において、本件賃貸借契約において家屋の構造を変更し造作加工等をなすことを禁止し、これに違反するときは直ちに賃貸借契約を解除しうる旨の特約のあることを認定した上、被上告人が昭和二二年夏頃本件家屋について判示のような構造の変更を加えたことは当事者間に争がないとし、また被上告人が主張する右の如き変更をなすについて上告人の同意を得たこと、仮りに同意がなかつたとしても、家屋明渡の際原状回復すれば右の如き変更をしても差支ない旨の特約があつたという事実は、これを認めるに足る証拠がないとして排斥したのであるが、結論として前示家屋の構造変更禁止の特約は、家屋の構造を変更したり造作加工等をなすことによつて賃貸人がこうむることあるべき損害を避けようとする趣旨であると解した上、証拠により判示の各事実を挙げて原状回復が簡単にできること、及び被上告人の右のような変更は仕出屋を営むためであつたが、許可を得られなかつたため営業を始めるに至らなかつたことを認定し、進んで昭和二二年夏頃の社会状態を判示した上、これらの事実と状況の下においては、被上告人の右構造の変更は著しく信義に反する行為とは認めがたく、また原状回復が簡単にできるから原状に回復しさえすれば賃貸人たる上告人に損害を与えるとは考えられないから、被上告人の所為をもつて、賃借人としての法律上の義務に違反したものとは認められず、また前記特約もかかる程度の変更までこれを禁止する趣旨ではないと解するを相当とすると判断し、上告人の解除の意思表示の効力を否定し、その請求を排斥したことが認められる。しかしながら、前記構造変更禁止の特約は、判示のように賃貸人のこうむることあるべき損害を避けようとする動機に出る場合が多いであろうが、それのみには限らないのみならず、それは飽くまで動機に過ぎないのであつて、特約の内容は賃貸人の所有家屋の構造が、賃貸人が欲しないのにその意思にかかわらず賃借人より勝手に変更されたり造作加工されたりすることを避けようとするものであること字句上明かである。従つて、賃借人が賃借家屋の構造を無断で変更した場合には、その変更の態様が、社会通念上特約にいう構造変更と認められないような場合のほかは、変更禁止の特約に違反することになるとともに、特段の事情がない限り、特約に基づく解除権が発生するものと解すべきである。本件につき原判決の認定した事実によつて検討しても、被上告人が加えた構造の変更は、社会通念上右特約にいう構造の変更にあたらないとたやすく認めることはできないし、原状回復が簡単にできるというだけの理由で、禁止された構造の変更にあたらないとも断定することはできない。また将来原状回復を必要とする時期に、賃借人が果して遅滞なくこれを履行するかどうかわからないし、若し賃借人が右の義務を履行しなければ原審認定のごとき変更の存する以上賃貸人はこれを原状に回復するには相当の費用を要し、損害をこうむる筈である。(かかる事態の発生を防止することが原状変更禁止の特約の主たる目的である)。それゆえ単に簡単に原状回復ができるという理由だけで損害なしということもできない。たとえ原判決の認定したような当時の経済状態とか、構造変更に関するいきさつがあつたにしても、さらになんらか賃貸人の承諾をまつことを要しないような事情が認定されないかぎり、それだけでは解除権の発生を妨げる特段の事情があるものと断定することはできないのである。すなわち原判決は、なんら証拠によらずして前記特約につき、その本来の趣旨を離れ、単に結果として生ずる損害を避けるためということのみに限定した解釈をとり、その前提に立つて被上告人の本件構造変更の行為と上告人の解除権との関係を判断したのは、違法であるのみならず、判示の強調する特約の趣旨に即していつても判示認定のとおりの事実とすれば、被上告人の行為をもつて、なんら上告人に損害を与えるものでなく、特約の趣旨に反するものでないと断定することはできないから、理由にくいちがいがあるとの非難をも免れない。それゆえ原審は前述の趣旨に基づいてさらに特別の事情の有無につき十分の審理を遂げ相当な判断をすることを要するものといわなければならない。

以上説明のとおりであるから、論旨はこの点において理由があることに帰し、他の理由について判断するまでもなく、原判決を破棄しこれを原審に差し戻すのを相当とする。

よつて、民訴四〇七条に従い全裁判官一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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